怪僧ラスプーチン

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rasupuuchinn.jpg20世紀初頭、帝政ロシアのロマノフ王朝の宮廷に君臨した自称・祈祷僧のラスプーチン。謎に包まれた経歴や特異な風貌から「怪僧」と呼ばれたが、彼の実像はいまだ不明な点が多い。

 ラスプーチンはシベリアの貧しい農家に生まれたが、突然「巡礼の旅に出る」と言い出し姿を消した。

そして十数年ににもおよぶ旅で彼は相手を圧倒させる眼力と自信に満ちた説教の力を手に入れた。

そして彼に心服する信者も増え、その噂を嗅ぎつけたロシア皇帝ニコライ2世と皇后アレクサンドラは病弱だった皇太子の祈祷を依頼。

ラスプーチンが祈祷すると皇太子の病状が治り皇帝夫婦から絶大な信頼を得る。

 そしてニコライ2世は黒装束姿のラスプーチンをそばに置き何事にも彼の占いや予言に頼るようになった。

権力を手中に収めたラスプーチンはすべてを自分の物にしたいと思うようになり、皇后と愛人関係になり女信者たちとも親密な関係になったのである。

しかしその横暴な行動に貴族たちは黙っていなかった。

 1916年12月25日にラスプーチンの暗殺を実行したのである。

貴族たちは平然を装いラスプーチンに毒入りのワインを飲ませた。しかしいくら待っても彼が苦しむ様子もなかったので短剣でラスプーチンの急所を突き刺した。

しかし、ラスプーチンにはまったく効かず、さらに4発の銃弾を発砲。

誰もが死んだと思ったがラスプーチンは死なずに不敵な笑みを浮かべていた。

貴族たちはラスプーチンを不気味に思いさらにこん棒で叩きのめし窓から突き落とした。

今度こそ死んだと思ったがやっぱりラスプーチンは死んでいなかった。

最終的には彼の体をむしろに巻いて川へ放り込んだ。

それから3日後ラスプーチンが遺体で発見され貴族たちは安堵の表情を浮かべたという。

ラスプーチンは現在も国民から嫌われているという。

 

vfdssdf.jpgアイスランドのペニス博物館には怪僧ラスプーチンのものとされる長さ28.5センチのペニスも飾られている。

コメント(4)

なぜチンコだけ・・・?

ペニス博物館って・・・・

女の人いるのか・・・?

しかも美人だ…

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このページは、noが2009年3月 5日 01:12に書いたブログ記事です。

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