私が、高校二年生の夏休みのことですから、もう、かなり前になります。
そのころ、私と母親とは、交代で知り合いに家にベビーシッターに行っていました。
堂本さんというお宅でした。
母ひとり娘ひとりという家庭で、母親は駅近くのスナックに勤めていて、毎日零時を過ぎるまで店に出ていなければならず、当然、ベビーシッターも夜遅くまでかかりました。

娘さんは小学生で、ほんとうに屈託のない明るい子でした。
私の自宅とベビーシッター先のマンションとは、自転車で五分ぐらいの距離だったでしょうか、さほど、遠いというわけではありませんでした。
けれど、深夜、誰も通らなくなった、真っ暗な道を帰ってゆくのは、想像する以上に怖さがつのるものです。
母は、私の順番の日には、必ず迎えに来てくれました。
ですが、いつもいつもというわけにはいきません。
風邪を引いたりなどして体調が悪いときなどは、やはり、ひとりで家路につかなければなりますせんでした。
その日も、そうだったのです。

前日から、母は、なんとなく吐き気がするといって床についてました。
でも、ベビーシッターを断るわけにもいきません。
母は私に、「あちらのお宅に泊まって朝になってから帰ってきなさい」と言いました。
けれど、私はどうしても帰りたかったのです。

いまから思えば、これもまったく不思議なのですが、その日はどうしても家に帰りたくてたまりませんでした。
結局、ベビーシッターが終わった後、心配そうに見送ってくれた堂本さんに手をふりながら、夜道を急ぎました。

自宅とそのマンションのあいだには、ずーっと畑がつづいていて、畑中の道を自転車で帰るしかありません。
灯など、ほとんどないに等しいような道です。
かなたの畑の端あたりに傾いた電灯は灯っていたのですが、それがまたいっそううらさびしさをつのらせるようで、なんとなく好きではありませんでした。
どこかで、蛙が鳴いていました。
ほのかな月明かりの中、たったひとりで蛙の鳴き声を聞くというのは、なんとなくいやなものです。
気味が悪くてなりません。
とくに鳴き声が徐々に大きくなってくると、なにやら、目に見えないものが徐々に近づいてくるような気がして、たまらなくなります。

「なんだかいやだなぁ・・・」

独り言を呟きながら、いつも曲がる三叉炉の手前に来たときでした。

「え・・・」

どういうわけなのでしょう。
ハンドルをとられて、家とは別の方向の道に入ってしまったんです。
意識するとかしないとか、そんな感じではありませんでした。
そう、ほんとうにハンドルをとられるというか、誰かに無理矢理引っ張られたような、そんな感覚だったんです。
ただ、奇妙な事に、私自身、変だなとは思ったものの、あわてて自転車をとめようとか、ひきかえそうとか、そういう意思は働かなかったのです。

今から思えば、この時すでに、私は『何か』に魅入られていたのかもしれません。
しばらくペダルをこぐともなく走っていると、道のかたわらにひとりの女の人が立っていました。

その人の前を通り過ぎようとした瞬間です。
急にペダルを漕いでいる足が動かなくなってしまったんです。
決して見るつもりなんか、ありませんでした。
こちらは一刻とも早く家までかえりたいのです。
わけもわからないままに家から遠ざかりかけているとき、いくら時間が不自然だからって、すれちがうだけの人の顔など、覗き込むつもりなんかありませんでした。
なのに。
私の意志とはうらはらに、目だけが、女の人のほうに吸い寄せられていってしまうです。
その時になって、ようやく気づいたのですが、彼女は赤ん坊をおぶっていて、マントのようなものを羽織っていました。
なんといって説明したらいいんでしょう。
コートでもなく、ケープでもなく、これまでに見たこともないような足元まで隠してしまうようなものを羽織っていたんです。
<夏なのに・・・・・>

そう思ったときです。
いきなり、女の人が、

「赤ちゃんが、ふふふって笑ってるの」

そう言ったのです。

私に向っていったのか、それとも独り言なのか、わかりません。
だって、女の人の顔は、隠れていてまったく見えなかったからです。
ただ、彼女の低くおしころしたような声だけが、私の鼓膜にとどいてきました。

<赤ちゃんがわらってる?・・・>

反射的に目をやってしまいました。
その時、私は見たのです。

おぶさっていた赤ちゃんの頭が異様にとんがっているのを・・・・・。
どういったらいいのかわかりませんが、ちょうど、イカのような形でとがっているのです。
そして、私のほうを見て、彼女のいうとおり、笑っていました。
いいえ、笑うなどという穏やかなものではありませんでした。
ゆがめていたのです。

それも、赤ちゃんなどではなく、見るからに年老いたシワだらけの・・・・いいえ、顔のすべてがシワに埋もれてしまっているような女性の・・・・老婆の顔でした。
それが、いびつな笑いを浮かべているのです。

「きゃあっ・・・」

そう、叫んだ事は覚えています。

でも、それからあと、どうやって自宅まで帰ったのかまったくわかりません。
ほんとうに覚えていないのです。
気が付いた時には私は自宅の居間にいて、母に背をさすられながら、コップの水をごくごくと飲んでいたのです。
ただ、たしかなことがひとつだけあります。
家に帰ったとき、着ていた半袖の制服は、そこらじゅうが破れていて血だらけになっていまし。
いったい、私はどんなふうにして家まで帰ってきたのでしょう。

それからあとも一生懸命に思い出そうとしたのですが、どうにも思い出せずにいます。

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