その掲示板には、ひとつの悪い噂があった。
誰も口にしたがらない、悪い噂があった。
やがて、長い時が過ぎ、人々は噂を忘れた。
噂は、誰も知らない噂になった。
それから、長い時が過ぎ、ある日。
い っ せ い に 芽 を 吹 き 出 し た も の が あ る。

1999年の6月から、遅くても2000年5月までのあいだに、一本の線が引かれた。
目には見えない「線」である。その存在に気づいた人間は、当時、数人もいなかっただろう。
多くの人間が気づいたとき、事態はすでに手遅れといっていいほど悪化していた……あまりにも、あまりにも。これは、稀有な事件である。二十年近い日本ネット史の中で、ここまで悪意に満ち、陰湿で、且つ巧妙な――まさしく悪魔的頭脳と言うべきものが生み出した――事件を、寡聞にして、わたしは知らない。
正直、この文章を書いていて恐ろしく気分が悪い。吐いても、吐いても、苦い唾がこみあげてくる。すべて忘れてしまいたいというのが 率直な感想だ。
これは“空前”の事件であり……そして恐らくは“絶後”な事件になるだろう。
インターネットがここまで普及し、その利便性と共に、ネット越しの悪意がもたらす恐怖について、まことしやかに伝えられるようになった今では、こんな酸鼻極まる事件が再び起こる可能性は、ほとんどないといっていい。
そんな意味で、この事件は、ネットの揺籃期が生んだ悲劇、と言えるかも知れない。事の性質上、事件の全容が表沙汰になることは100%ないだろう。
大手の新聞社やテレビ局は悲鳴をあげて逃げ出すだろうし、週刊誌、ミニコミ誌、あるいはゴシップ誌が、社運をかけてこの事件の解明に乗り出す……などという事態も考えられない。
大手マスコミだけではない。すでにネットですら、大規模な粛清、改竄のあとがある(前CIA長官ウールジー、及びエシュロンでの検索件数は一万件近いというのに! これを皮肉と言わずしてなんと言おう?)。
「その事件」をいくら検索サイトで探したところで、何も見つけることはできないだろう。ネットに残っているのは、その事件の残滓だけだ。
あなたの運が良ければ、その事件を知る、“生き残り”に出会えるかもしれない。そう、あなたのいる、この「2ちゃんねる」で、だ。だが、彼らは一様に重い口を閉ざし、真実を語ることはないだろう。
事件を知る誰にとっても……これは、あまりにも重い真実なのだ。
痛ましい犠牲者を出した西鉄バスハイジャック事件。それをすらネタにした傍若無人な2ちゃんねらーが、唯一、死者への畏敬と恐怖の念を思い出す瞬間。
それが、「この事件」を思い出した瞬間なのだ。


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