心霊スポット名:宇和島市の商店街(うわじましのしょうてんがい)
宇和島市では戦時中1945年5月10日から3ヶ月で9回にもおよぶ空襲を受けた。
爆弾投下により死者300人近く、全壊した建物は6000戸以上の被害が出ていて、和霊公園内には宇和島空襲による死没者追悼のために平和祈念碑石碑も建てられている。
路上で逃げおくれて、あるいは防空壕の中で焼死し、街には人や物の焼け焦げる異様な臭気が長い間こもり続けていたという。
その戦時中に亡くなった人たちの霊が出るという話で、深夜にはかなりの確立で遭遇するとのこと。
また城北中学校には入らずの森と呼ばれる場所が存在し、校舎をそこをよける形で建設していている。
この森の頂上には何かを祀ってあると思われる祠があり、昔は和霊神社の一角であったと言われているため神聖なる森とされている。
この土地ではこんな歴史がある。元和6年(1620年)に発生した和霊騒動後、山家清兵衛の政敵たちが海難事故や落雷によって相次いで死亡したため小さな祠を建てた。
しかしその甲斐なく病没、飢饉や台風、大地震が相次いだため「清兵衛が怨霊となり怨みを晴らしているのだ」と噂となり秀宗は和霊神社を創建し、清兵衛の霊を慰めたという。
この話に出てくる小さな祠が入らずの森の祠かは定かではないが、そのような歴史があるためか建設当時、入らずの森を撤去しようとした際に、事故が多発したという噂もある。
他にも○○中学校では夕方、消したはずの電気が勝手につく空き教室があり、自殺のあった教室だとか。
場所:愛媛県宇和島市
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