水たまりの人影

水たまりの人影

その日もYさんは、いつも通り残業だった。
気がつけば夜の10時を過ぎていて、外は本格的な雨になっていた。

Yさんの通勤路は住宅街の向かいにある細長い大きい公園沿いの小道で、街灯もまばらだ。
足元を濡らしながら、道沿いに木々が生い茂るその小道を歩いていると、ふと先のほうに何かが見えた。

暗くてよく見えないが、30メートル、20メートルと近づいていくと、だんだん形がわかってきた。しゃがんでいる人影だ。

濡れた道に大きな水たまり。そこに、誰かがしゃがみ込んでいる。
傘もささず、雨に濡れたまま、ゆっくりと動いている。
洗っている……？
そう思った。水たまりで、自分の体を拭っているように見えた。

最初は、酔っぱらいか何かかと思った。だが近づくにつれ、妙な臭いがした。
腐った生臭いような、吐き気を催す臭い。

そして、見えた。
その人影…いや、あれは「生きた人」じゃなかった。

皮膚が…ありえないほど変色し、ところどころ崩れていた。
肩のあたりからは、骨がのぞいていた。
それが、水たまりで体を撫でている。水たまりに手を差し入れ、洗うように何度も何度も水たまりを掬っては自分にかけて、ゆっくりと自分の体を拭っている。

Yさんは声も出せず立ち尽くした。

すると、その腐った幽霊がYさんに気づいて、ゆっくりとこちらに顔を向けた。濡れた髪には泥に張りつき崩れた顔で苦しそうにうめき声をあげているのが聞こえてきた。

気づいたとき、Yさんは走って逃げていた。
後ろは振り返る余裕もなかった。

それ以来、雨の日はあの道を避けるようにしているが、あの夜から、雨が降ると、どこからともなくあの臭いがする気がする。