地方都市での出張中、「湖が近くて景色がいい」と言われて予約されたビジネスホテルに泊まることになった。
この少し古びたビジネスホテルは駅から近いものの、通りを一本外れると急に人通りがなくなり、ホテルの外観もくすんで見えた。
ホテルの窓からは、遠くに黒々とした湖面が見えた。観光地らしい雰囲気はなく、ただじっと水を湛えるだけの、無表情な湖。
部屋に入ったとき、ふと妙な違和感があった。ベッドの枕が湿っている。換気の悪さか、と思いフロントに連絡しようとしたが、疲れていたため、そのまま眠ることにした。
夜中に目が覚めてしまい、なんとなく天井を見つめていると、「ポタリ、ポタリ」と水滴を垂れるような音が聞こえた、と同時に金縛りに遭った。
視界は動くが、身体は微動だにしない。耳元でゴボゴボと水が湧くような音が聞こえた。
そして、笑い声。
「……ぐぐっ……ぐふふっ……」
視線を動かすと、枕元から、何かが這い出てくるのが見えた。
女の姿だ。だが、顔は異様に広く平たい。目は丸く、口は大きく裂けており、皮膚はぬめりヌルヌルと濡れて光を反射している。カエルのような顔。それが、首をかしげてこちらを見下ろしていた。
その女は、枕の下に指を差し入れて、ゆっくりと何かを取り出した。
濡れた、古びた旅館の鍵。その部屋番号は、今自分が泊まっているこの部屋と同じだった。
そしてカエルのように喉をくぐぐと鳴らして笑いながら、女はベッドの下へ、まるで水面に沈むように静かに消えた。瞬間、視界が真っ暗になり、意識が途切れた。
朝、目が覚めた。あれは夢だったのか。現実だったのか。
金縛りはなくなっていたが、枕の下は冷たく濡れていた。
怖くなり、荷物を乱暴にかき集めて、部屋を飛び出した。
真っ青な顔で、ホテルを出るとき、フロントの男性がぽつりと言った。
「ああ、その部屋……前も真っ青な顔で気味悪がってた人がいたんですよ。なんか“ヌメッとした女”が枕元から出てきたって」
私は何も言えず、ただロビーを足早に通り抜け、外の闇に逃げるように消えた。