僕は都内にある私立大学の三年で、テニス部に入っています。
今から話すのは、去年の夏、部の合宿で軽井沢に行った時の話です。
僕たちはテニスコートが近くにある民宿に泊まっていました。
全員で二十人ぐらいの部員がいたので、その小さな民宿は僕たちの貸切状態でした。
それは十日ばかりの合宿も、なかばにさしかかったころのことでした。
たまには息抜きをしようと、練習の終わった夕方から有志を募って麻雀大会をすることになったのです。
場所は二年の男子が使っていた二階の二部屋を、間仕切りのふすまを開け放ってつなげ、そこに十人ばかりの部員たちが集まりました。
みんな熱中して、夜遅くまで白熱した勝負が続けられました。
午前一時を少し回ったころ、ほかの連中ほどには麻雀が好きではなかった僕は、すっかり眠くなってしまい、先に床につくことにしました。
けれど僕の部屋は、他の連中に占領されています。
仕方なく、僕はジャラジャラとうるさい麻雀卓からなるべく離れた部屋の一角にひとり分の布団を敷いて眠ることにしました。
みんなのほうに背を向けて横になっていても、みんなの話し声や牌をかき混ぜる音が響いてます。
それでも僕は、いつの間にか、うつらうつらと眠りかけていました。
ほとんど眠りに入りかけたころ、ふと、誰かが布団をめくって、横になって寝ていた僕の背中の後ろに滑り込んできたのです。
始めは、誰かが妙ないたずらっ気を起こして入り込んできたのだと思いました。
眠かった僕は相手をせず、目を開けずにいました。
しかし、入り込んできた奴は、べったりと暑苦しく、僕の背中に張り付くように身を寄せてきます。
その感触は妙に熱く湿っていて気持ちのいいものではありませんでした。
眠くて仕方なかった僕はだんだん腹が立ってきました。
「おい、いい加減にしろよ、暑苦しい」
そういいながら寝返りをうち、僕は背中に張り付いてる奴のほうへ向き直って、目を開けました。
次の瞬間、僕は思わず息を飲みました。
そこには真っ赤に充血した目があり、ぎょろりと僕をにらみつけていたのです。
異様なのは目だけではありませんでした。
その相手の顔は一面に焼けただれたように、赤黒く水ぶくれのできた表皮で覆われていたのです。
マツゲも眉毛もなく、どんな顔つきをしているのかさえわからないほどに、その顔面は崩れ果てていました。
僕は驚いて叫びそうになりましたが、金縛りにかかったように声が出ません。
身体もまるっきり動かず、目をつぶることさえできなかったのです。
相手は僕に顔を寄せ、そのただれた顔を僕の頬に押し付けています。
僕は、顔にぺちゃりと湿った感覚を覚えました。
どれくらいのあいだ、その焼けただれた顔と向き合っていたでしょうか。
僕にはひどく長い時間のように感じられましたが、今になってみれば短いあいだだったのかもしれません。
そのあいだも、何事もないように麻雀を楽しむ仲間たちのたてる物音が僕の耳には聞こえていました。
<誰か、助けてくれ!僕がこんな目にあってることに、どうして同じ部屋にいて気づかないだ・・・・?>
僕は必死でそう思いました。
やがて、僕の願いが通じたのでしょうか。
卓を囲んでいたうちのひとりが、僕のほうへ声をかけてきたのです。
「おい、俺も眠くなったから、そろそろ起きて代わってくれよ」
その瞬間、金縛りがとけ、僕はすごい勢いで飛び起きました。
あまりの勢いに他の連中も驚いて、いっせいに僕のほうを注目しました。
僕はみんなのいるほうへ走り寄り、動揺のあまり言葉につまりながら、今あった出来事を説明しようとしました。
しかし、いくら話しても、みんなニヤニヤ笑いを浮かべるばかりで、僕のいう事を信じていない様子でした。
そのうち、仲間の一人が疑わしそうな表情をしながらも、僕の布団のほうへ歩み寄り、何か調べるように掛け布団をめくりました。
そして、次の瞬間、彼は真っ青で振り向いたのです。
「おい、みんな、これ見ろよ」
彼の指し示していた、僕の寝ていたシーツでした。
そこには血膿のような赤黄色いシミが、べったりとついていたのです。
翌朝、民宿の主人に昨日の出来事を話してみましたが、
『そんなこと、いままでうちではおこったことがない』
の一点張りで何もわかりませんでした。
数日後、僕らは民宿の日程を終えて宿を去りました。
後になって合宿中の写真を整理していたときに気づいたのでが、民宿の庭で撮った写真の隅に、黒くススのこびりついた石組みのようなものが写っていて、それがあの出来事に関係あるようにも思うのですが、今となっては、わざわざ確かめる気はありません。