千本松原
せんぼんまつばら(岐阜県海津市海津町油島)
海津町油島にある約1000本の松が植えられた堤防で、1940年7月12日には国の史跡にも指定されている。
江戸時代、木曽三川は三つの川が合流と分岐を繰り返すとても複雑な地形だったため洪水による水害が多発し、田畑、家屋、さらには人命まで奪われるといった被害を何度も繰り返していた。これにより1754年に幕府の命令で薩摩藩が工事に当たったが多くの死傷者を出した。この事件は宝暦治水事件としてよく知られている。
工事の指揮は幕府が出し、費用は薩摩藩が出す、責任も薩摩藩が負うという理不尽なものであった。
治水工事のさいに薩摩藩は幕府に非道い嫌がらせを受け、抗議の意を込め、また屈辱に耐えられず切腹する藩士は後を絶たたなかった。その数51名といわれている。
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