心霊スポット - オカルト情報館
岐阜の心霊スポット

千本松原

せんぼんまつばら
岐阜県海津市海津町油島

海津町油島にある約1000本の松が植えられた堤防で、1940年7月12日には国の史跡にも指定されている。
江戸時代、木曽三川は三つの川が合流と分岐を繰り返すとても複雑な地形だったため洪水による水害が多発し、田畑、家屋、さらには人命まで奪われるといった被害を何度も繰り返していた。これにより1754年に幕府の命令で薩摩藩が工事に当たったが多くの死傷者を出した。この事件は宝暦治水事件としてよく知られている。
工事の指揮は幕府が出し、費用は薩摩藩が出す、責任も薩摩藩が負うという理不尽なものであった。
治水工事のさいに薩摩藩は幕府に非道い嫌がらせを受け、抗議の意を込め、また屈辱に耐えられず切腹する藩士は後を絶たたなかった。その数51名といわれている。
さらに同時期に赤痢が流行し、粗末な食事と過酷な労働を強いられて体が弱っていた者が多くいたため157名が病に倒れ32名が病死している。
工事を監督した平田靱負も完工後に自害した。
1900年に薩摩藩士の慰霊と宝暦治水の偉業を記念する宝暦治水碑が千本松原南端に建てられ、1937年には平田靱負ら85名の薩摩藩士殉職者を祭神として、上流側北端に治水神社が建立された。
1959年9月26日には伊勢湾台風により大きな被害を出し、その復旧工事を行っていたさいに道路の下から7個の大きな素焼きの瓶が発見された。瓶の中には治水工事のとき劣悪な環境で働きながら病死していった薩摩義士たちの人骨が納められていた。
ウワサによると、治水工事で自害や病死していった多数の薩摩藩士たちの怨念は消えることはなく、この地に面白半分で肝試しに来た者に取り憑くのだという。
取り憑かれたものは高熱が出たり、自殺をしたい気分になってしまうのだという。
ただ歩いているだけでも寒気を感じられることがあるので、そのような体験をしたら気を付けたほうがよい。

大観屋敷

だいかんやしき
岐阜県恵那市大井町2709

地元住人のあいだでは「大観屋敷」と呼ばれている廃墟で、「バイソンの館」などとも呼ばれていた。
心霊スポットとしても恐れられていた場所で、ウワサとなっていた話は、過去に自殺した経営者の霊が現れる、不気味な動物の剥製は夜になると首から血を流し動き回ったり鳴きだす、また宗教団体の集団自殺があったというもの。
この屋敷の正式名称は「天下一家の会 恵那研修保養所」といい、「天下一家の会」会員を無料で招待するなどしていた。
以前、この屋敷の前には放置されていた廃車があり、そのトランク部分には「大観宮」の文字が書かれていたことから心霊スポット「大観屋敷」として広まったのだろう。
大観宮とはどのような宗教団体だったのかというと、もともとはネズミ講を行う「天下一家の会」が税金逃れのために設立したものだった。
天下一家の会(元:第一相互経済研究所)は1967年に内村健一によって創設され、一時は180万人を超えるネズミ講会員を擁したが、配当や勧誘トラブルなどが社会問題となり、1972年に内村会長は脱税容疑で逮捕された。しかし、当時ネズミ講を禁じる法律がなかったため適用できず不起訴となっている。
ネズミ講による会員の被害総額は1900億円ともいわれていた。
1973年に宗教法人「大観宮」を設立、そしてネズミ講を拡大するため全国に研修保養所を作った。その一つが恵那市の「大観屋敷」である。
のちにネズミ講を禁じる法律が制定され、1978年に内村は有罪確定となり収監された。そして1995年に糖尿病により死去。
ウワサとなっている自殺した経営者や宗教団体の集団自殺の話は、内村会長の死やネズミ講会員の配当トラブルによる自殺などに後から尾ひれがついたもののようだ。
また、まだ大観屋敷があったころ大きな実物大の剥製や首だけの剥製が吊り上げられていたようで、これが元となり「バイソンの館」と呼ばれるようになったと思われる。
研修保養所は廃墟化し、この「大観屋敷」も解体されて現在は別の建物が建てられている。

天心白菊の塔

てんしんしらぎくのとう
阜県加茂郡白川町河岐

1968年8月17日、愛知県犬山市から観光客を乗せた観光バス15台が乗鞍岳へ向かい、翌日8月18日の帰路に事故は起こった。
悪天候で難航しているところ、観光バス15台のうちの2台のバスが岐阜県加茂郡白川町の国道41号線で深夜2時11分に集中豪雨に伴う土砂崩れに巻き込まれて飛騨川に転落。乗員・乗客107名のうち104名が死亡した。
日本のバス事故史上最悪の事故となり、「飛騨川バス転落事故」として朝のニュースで全国に速報された。
通報を受け、機動隊や消防団は救助にあたったが峡谷は深く険しく切り立っているため100名を越す乗客や車体は発見できなかった。
事故翌日の8月19日午前、転落現場から約300M下流でバス1台が発見され、車内から3名の子供の遺体が収容され、転落現場周辺で23名の遺体が発見されたが他の行方不明者は発見できず、24日にようやくもう1台のバスの引き上げに成功するが子供の1遺体が発見されただけであった。
行方不明者捜索に36,683名が投入されたが、なかには腕だけが発見されるなど損傷は酷い遺体もあり、最終的には9名の遺体が未回収となった。
奇跡的に生還した運転手は、転落中の車内で子供たちが挙げた「あーっ!」という叫び声が耳から離れないと証言している。
1年後の事故同日1969年8月18日に、亡くなった人たちの慰霊のため、事故現場から約300M下流の国道41号脇に「天心白菊の塔」が建立された。偶然にも、この日に現場から1キロM下流の河原で白骨化した男性の遺体が発見された。

この事故以後、この付近では悶え苦しむ声が聞こえてきたり、子供の霊や、体のどこかが千切れて無くなっている者の霊が姿を現したりするようになったという。川から手が伸びてくるといった心霊現象も起こっているという。
死後も苦しみ、この場所でさ迷い続けて助けを求めているのだろうか。
転落事故で死者が生存者をあの世に引きずりこもうとする話はよく聞くが、川から伸びてくる手はもしかしたら助けを求めているものではないのかもしれない。

後藤別荘

ごとうべっそう
岐阜県関市池尻

後藤別荘は、明治大正期の民間毛織物業の先導者として知られる後藤恕作氏の個人別荘だった物件。
後藤別荘は1924年に、ひとつは各務原市鵜沼宝積寺町の木曽川沿いに建設され、もうひとつは岐阜市の金華山下の長良川沿いに建設されたが、1932年に後藤毛織は倒産して手放され、長良川別荘は市営長良川ホテルとして利用された。そして1970年に近鉄に事業譲渡するのを機に長良川別荘は関市池尻に移築されて「孫六苑・阿房宮」として1990年まで結婚式場・遊園地併設として営業された。
その後、孫六苑・阿房宮の建物は廃墟化し、心霊スポット化して肝試しにくる者も多かったという。
孫六苑・阿房宮は2000年代に取り壊されて現在は無くなって立入禁止となっている。
木曽川別荘のほうは戦後に米軍に接収され、その後、都築紡績の管理となったが数年後に取り壊された。現在は建物の一部が川上別荘の隣に移築、復元され「サクラヒルズ川上別荘」として結婚披露宴会場となっている。こちらの建物は心霊スポットではない。

木曽川別荘から木曽川沿いを坂祝駅方面へ2キロほど行くと「ラインボウル」というボーリング場跡地があり、ここも肝試しにやってくる者もいたが、現在は解体されて無くなっている。

二股トンネル(朝鮮トンネル)

ふたまたとんねる(ちょうせんとんねる)
岐阜県加茂郡八百津町南戸

木曽川沿いの国道418号線にある二股トンネルは1956年5月に竣工され、別名「朝鮮トンネル」とも呼ばれていて、岐阜県のなかでも危険な心霊スポットとして知られている。
二股トンネル付近は路盤脆弱・幅員狭小・土砂崩が頻発し、「キング・オブ・酷道」と呼ばれているくらい険しい道が続き、トンネル内は全幅・全高が変わり、曲がっていて照明は無く真っ暗。懐中電灯などで照らすと気候によってはモヤがかかっていることもあり不気味。

二股トンネルは、丸山ダムと同様に建設工事の際に朝鮮人労働者が働かされ、多くの朝鮮人労働者は病気やケガ等で倒れ、死亡した者の遺体はトンネルの壁に埋め込まれたという話があることから朝鮮トンネルと呼ばれるようになった。
また、工事が難航したため朝鮮人労働者を人柱として同様に埋め込んだという恐ろしいウワサまである。
こういった話からも分かる通り、このトンネルでは朝鮮人労働者の幽霊の目撃報告が多くされている。
他にも、背後から何者かに覆いかぶさられる、体を掴まれる、叫び声が聞こえてくるなど様々な怪奇現象が起こるという。

二股トンネルとは別に、すぐ近くの旧道跡らしきところに中は小さくゴツゴツした手掘りのトンネルがあり、一説には、朝鮮人労働者が人柱となったのはこのトンネルのほうではないかともいわれているようだが、真相は定かではない。

二股トンネルは、現在工事凍結中の新丸山ダムの完成により水没する予定となっているようだ。

丸山ダム

まるやまだむ
岐阜県加茂郡八百津

1943年に着工し、その後しばらく中断していたが1955年に完成した重力式コンクリートダム。ダム湖の名前は丸山蘇水湖という。
丸山ダムを中心として遊歩道やキャンプ場などが整備され、美しい新緑や紅葉を見ることができる。
観光客が集まる丸山ダムだが、建設される際には多くの労働者が亡くなっており、丸山ダムから少し離れた国道418号線の木曽川支流に架かる新旅足橋は自殺の名所としても知られている。
2009年から2017年12月現在までに18人が投身自殺により命を絶っている。
自殺者は橋のたもとに車を置き、新旅足橋のフェンスをよじ登り、200M下の旅足川に身を投げるという。
2016年は6人、2017年はすでに3人を数え、町は自殺防止対策のため、橋のたもとに防犯カメラ、センサーライト、防犯灯を整備する。
また、1994年と1995年には丸山ダム内の旅足橋の上から、殺害した死体にコンクリートブロックを結び付けて投げ棄てるという死体遺棄事件も起こっている。旅足橋の手前には「毒物使用による殺人事件を踏まえ不審者等を発見したら知らせてください」と書かれた看板があり、幽霊とは別の怖さも味わえる。
丸山ダムを見下ろす位置には「殉職慰霊碑」が建立されており、そこには建設工事の際に殉職した40人近くの日本人の名前が記録されている。
近くにある二股トンネル(朝鮮トンネル)同様、このダムでも多くの朝鮮人労働者が働かされ過酷な強制労働のなかで命を落している。
殉職慰霊碑の記録では外国人労働者は排除されているようだが、日本人でさえこれだけの人数が殉職しているのだから命を落とした朝鮮人労働者はもっと多かったのではないだろうか。
1997年11月22日には丸山ダム建設で犠牲となった朝鮮人労働者の鎮魂のための「丸山ダム犠牲者鎮魂祭(オグィセナムクッ)」が催されている。
このように周辺では死者を多く出しており心霊スポットとしても恐れられ、自殺した人の幽霊や殉職者の霊、白い着物の女の霊が現れるという話だ。
新しく建設されている新丸山ダムは現在は工事を凍結中。

城山荘

ぎざんそう
岐阜県各務原市鵜沼南町7462

岐阜県各務原市と愛知県犬山市の境界の木曾川に架かる犬山橋(通称:ツインブリッジ)のすぐそばにあった廃旅館。
かつて戦国時代には鵜沼城があった場所で、犬山橋ができたあたりの1927年に代議士三輪市太郎の別荘として建築、その後、彩雲閣の別館、井善中店、進駐軍の将校クラブと変わり、1953年ころ料理旅館「城山荘」として経営され賑わっていた。
1972年12月15日に「城山荘」別館中段桃の間から出火し、木造二階建てかわらぶきの同別館ニむね、延べ311平方メートルが全焼。出火原因はガスストーブの過熱だとみられている。
ホール、別館、新館などに自動火災報知装置がつけられていないなどの欠陥が見つかったため各務原東消防署は1968年以来、計10回の改善勧告をしていた。
1982年には、スナック「城」経営の女性と夫が、家主である「城山荘」経営者の男に刃渡り25センチの文化包丁で刺されるという事件も起きている。
スナック経営の女性は、犬山橋北詰のラーメン屋「桃太郎」に助けを求め逃げてきたが刺された5時間後に死亡し、夫も重症であった。「城山荘」経営者は逮捕され、殺人動機は賃貸料などをめぐってのトラブルだったという。
殺人事件後から放置され廃墟化し地元住人には近寄ってならないと気味悪がられて、若者からは心霊スポットとして知られるようになっていったようだ。
2002年に解体されて無くなってしまったが、廃旅館があった当時、あるカップルが城山荘の敷地を歩いていたところ誰かに何度も肩を叩かれ、ふり返ってみると先にあるエレベーターから女の人が手招きをしていたという恐怖体験もあったとか。

古虎渓ハウス

ここけいはうす
岐阜県多治見市市之倉町13

愛岐道路と呼ばれる主要県道15号線にある市之倉町13交差点を曲がり、カーブした県道387号線を少し進むと道路沿いの山の斜面に3階建ての鉄筋コンクリートの建物「古虎渓ハウス」はある。
辺りは森に囲まれ、草木に侵食されているこの建物は岐阜県有数の心霊スポットとして知られる。
昭和30年代に開業され昭和40年代には温泉は倒産し、経営者は夜逃げしたという。その後は「大鋸屑温泉」という名前のレジャー施設として賑わっていたが2回ほど火事があり経営者は夜逃げ。
取り壊されることなく放置され、のちにメディアなどで取り上げられたことにより心霊スポットになったという。
古虎渓ハウスの廃業に関するウワサとしてよく言われていたのは「ガス爆発で大量の死者が出た」「集団食中毒事故」「オーナーの自殺」といったものだが、実際にはそのような事実は無いといわれている。昭和40年代に経営されていた温泉が倒産した理由は不明なので確実になかったとは言い切れないが、心霊スポットにありがちな話に尾ひれが付いて広まったものと考えられる。
建物は朽ち果てていて2階へ上る階段も使い物にならず建物の外から行くしかない状態でとても危険。
心霊的なウワサとしては3階、トイレ、浴室が危険とされていて、1階にある砂で埋められた大浴場の中から女性の顔が現れてこちらを睨みつける、2階のトイレに霊が現れる、3階に貼られられている御札を剥がしてしまうと恐ろしいことが起こる(現在その御札が残っているかは不明)、江戸時代にこの場所で悲痛の死を遂げた女性の霊が現れるというものだ。
また、廃墟後になぜか女性の霊が住み憑き、無数の浮遊霊が呼び寄せられ、この廃墟に霊が溜まるようになったという話もある。
廃業した理由からは心霊スポットとなるいわくはないようであるが、それでも、この廃旅館には不気味な何かが潜んでいそうだ。

13号トンネル

13ごうとんねる
岐阜県多治見市月見町3 旧中央本線

明治末期に東京〜名古屋間が全通した中央本線。時代の経過と共にルート変更された区間が多数存在しているが、多治見(岐阜県多治見市)〜高蔵寺(こうぞうじ:愛知県春日井市)間の旧ルートも、そのひとつ。
この約10キロほどの区間にある旧廃線跡「愛岐トンネル群」の13号トンネルは、開通前から心霊スポットとして地元で名を馳せている。
多治見〜春日井市間の愛岐トンネル群は1896年4月に着工され、1900年7月に開通。そして1966年に高蔵寺〜多治見間は複線電化により運用停止され廃線となった。
急峻な山に挟まれており工事は難航をきわめ、工事中に巨岩が崩落して数名が埋没したり大雨による崩壊など数々の没落事故や災害が起き20余名が亡くなっている。そのため定光寺駅近くの東海自然歩道入口脇には、地元の方々により「中央線建設工事殉職者慰霊碑」が建立されている。
さらに、ウワサによると開通後に列車への飛び込み自殺が相次ぎ、供養のために地蔵が建てられたという話もあるという。
とりわけ13号トンネルで、飛び込み自殺をした子連れの女性の幽霊が出るとか、突然SL列車が爆走する騒音が鳴るといった怪奇現象があるようだ。その女性の姿を見た者は、帰りに交通事故に遭うという。

愛岐トンネル群は1号トンネル〜14号トンネルまであり、トンネルの名称と全長は以下のようになっている。
1号:玉野第一トンネル(104.5M)、2号:玉野第二トンネル(80.5M)、3号:玉野第三トンネル(76.2M)、4号:玉野第四トンネル(75.3M)、5号:隠山第一トンネル(99M)、6号:隠山第二トンネル(333.5M)、7号:諏訪第一トンネル(607M)、8号:諏訪第二トンネル(202M)、9号:諏訪第三トンネル(20M)、10号:諏訪第四トンネル(91M)、11号:廿原第一トンネル(91M)、12号:廿原第二トンネル(87M)、13号 池田町屋第一トンネル(261.5M)、14号 池田町屋第二トンネル(385.4M)。

13号トンネルは途中でコンクリートにより閉鎖され行き止まりになっている。

心霊スポットとは別に、あの都市伝説で誰もが知っている「口裂け女」の発祥の地が、この13号トンネルではないかともいわれている。 マスクをした若い女性が「私、綺麗?」と訊ねてきて、「きれい」と答えると「これでも?」と言いながらマスクを外す。その口は耳元まで大きく裂けていた、というもの。「キレイじゃない」と答えると包丁や鋏で斬り殺されるという。
この話は社会問題にもなり全国の多くの若者を恐怖に陥れた。
もしこのトンネル周辺を訪れる機会がある際には、口裂け女に遭遇してしまったときの対処法として「ポマード」と3回唱えたり、口裂け女が好物の「べっこう飴」を持参するなどして身を守ってほしい。

UCC喫茶店

ゆーしーしーきっさてん
岐阜県岐阜市祇園2

田園の中にひとつだけ異様な雰囲気を醸し出している廃喫茶店がある。
木に囲まれた鉄骨2階建ての建物の上にはでかでかと「UCC COFFEE Les Halles」の文字が見える。
通称「UCC喫茶店」と呼ばれているこの喫茶店の正式名は「Les Halles(レ・アール)」。見たまんま1階は喫茶店として営業され、2階はオーナーの自宅として使われていたようだ。
経営難か、それともなにかトラブルがあったのかは不明だが廃業したあとは放置され心霊スポットとして県内外から若者たちがやってくるようになった。
この廃喫茶店でオーナーの霊や女性の霊を目撃した人が何人もいるとか、またコーヒーを淹れる香りが今でも漂ってくるといった話もある。ウワサでは、この喫茶店のオーナーが自殺したとか、一家心中したという話があるが真相は不明。
産業廃棄物の不法投棄などが相次ぎ、店内は荒らされ、ぼや騒ぎなども起こっていたため2005年に立入禁止の立て看やゲートが作られたが、2016年8月16日の深夜2時ころ、2度目の火災により約375平方メートルをほぼ全焼し、約1時間40分後に消火された。
この建物には火の気がないことや目撃証言から、タバコの不始末かポイ捨てではないかと推測されている。

朝鮮学校


(土岐市泉町大富)

この東濃朝鮮初中級学校は、昭和50年開校当初は100人ほど生徒がいたが年々減少していき平成10年に閉校。
そして廃墟となり心霊スポットとして囁かれるようになったみたいだが、これといって具体的な心霊体験談などは聞かない。
本では紹介されているようで、ここを訪れた女性が霊に憑依されたなどの体験談があるようだ。

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