心霊スポット - オカルト情報館
三重の心霊スポット

鶯花荘寮

うぐいすばなそうりょう
三重県三重郡菰野町菰野8492

菰野湯の山にある廃墟には恐ろしいいわくがあり心霊スポットとして知られている。
湯の山温泉はかつては行楽客で賑わいを見せており、現在も往時の勢いは失われたものの紅葉の名所としてその地名が出てくる。しかし、廃業したまま放置される温泉旅館も目立つ。
県道577号線沿いにあるこの「鶯花荘寮」は1960年代に建てられ旅館:鶯花荘(鴬花荘)の社員寮で、2008年ころには既に廃墟になっていたようだ。
この三階建ての建物は道路側に面した窓枠は全てベニヤ板が張られており、入口付近のコンクリートには焼け焦げた跡がある。
川に面した裏手の窓からはカーテンが引き裂かれたような亀裂がある。
1998年には鶯花荘寮の2階南側西奥の部屋で死後3ヶ月ほど経った身元不明の50代の男性の腐乱死体が見つかっている。
さらに、鶯花荘寮に立ち入った者のなかには近いうちに事故を起こしているという話があり、いくつか挙げると
・1999年5月、三重郡部に住む男性3名が愛知県内にて車両大破事故
・1999年8月、四日市市内に住む男性4名が同市内にて堤防より転落
・1999年9月、鈴鹿市内に住む男性5名が四日市市内にて車両大破事故
・2000年1月、四日市市内に住む男性4名が鈴鹿市内にて車両大破事故
これらの他にも6件の事故例があったといわれている。
鶯花荘寮での男性の不審死からたった2年余りのうちにこれだけの事故数は異常と捉えられてもおかしくない。
この男性の霊なのか、崩れた顔の男の霊や、黒い影の目撃談がある。
鶯花荘寮から400Mほど離れた場所には7階建ての鶯花荘がある。こちらも廃墟で心霊スポットとなっているようだが、どのような霊現象が起こるかは不明。

津市の廃火葬場

つしのはいかそうじょう
三重県津市河芸町杜の街1−38

この廃火葬場は1965年代初めから数年間しか稼動されず残されていた。
遺体を焼く寝台には人型の跡がついてたという話や、1926年ころには周辺の山林に入った男の子が神隠しに遭い、行方不明となったという話もある。
ウワサでは興味本位でこの廃火葬場を訪れた者には悪いことが起こるといわれ心霊スポットとして広まった。
火葬場を訪れた後、事故が起こる、車に無数の手形がついている、写真を撮ると霊が写るなどともいわれている。
当時、町営のこの火葬場周辺は山林で無縁仏も多かったが1998年ころから宅地開発が始まり現在は住宅街となって廃火葬場は取り壊され無くなっている。
まだ廃火葬場が残っていた1991年ころ、3人の若者が焼場や待合室に入り室内を物色し荒らしまわった。その翌日に3人のうちの1人が事故に遭い亡くなってしまった。数か月後にはそのうちの1人がまた病気により亡くなるという出来事があったようだ。
さらに1998年には、若い男女の5人グループが廃火葬場へ肝試しにやってきたが山林で道に迷い、火葬場へ辿り着く事が出来なかった。その後女性の1人は通いなれた道にもかかわらず事故を起こし、さらに男性の1人も事故死したという。

青山トンネル・旧総谷トンネル

あおやまとんねる・きゅうそうだにとんねる
三重県津市白山町上ノ村

心霊スポットとして広く知れわたる青山トンネルだが、これにはいくつか混同されている場所があるので分けて説明していく。

【近鉄・旧総谷トンネル】
近鉄大阪線旧線の東青山駅〜榊原温泉口駅間にあった全長356Mの旧総谷トンネル。
この旧総谷トンネルこそが、いわゆる「心霊スポットの青山トンネル」として知られている場所となっている。
1930年から使用開始され、1971年には近鉄大阪線列車衝突事故が起き、多くの被害者を出している。それに伴い新青山トンネルが開業され1975年に旧総谷トンネルは廃止された。
「近鉄大阪線列車衝突事故(青山トンネル事故とも呼ばれる)」
1971年10月25日、近鉄大阪線の西青山駅〜東青山駅間の旧青山トンネル東口手前200Mのところで自動列車停止装置故障のため列車は停止。運転士は非常措置を取ったが、東青山駅から駆けつけた助役とのやりとりの間で手違いが起きた状態で列車を始動してしまいブレーキが効かないまま下り坂を暴走。
東青山〜榊原温泉口間で脱線転覆し、本線の切り通しへ転落。3両目以降は総谷トンネル入口付近の壁に激突して止まったが、先頭の2両が横転した状態で総谷トンネル内へ突入し、対向してきた賢島発京都・近鉄難波行き特急列車と正面衝突。
これにより死者25名、重軽傷者227名を出す大惨事となった。
霊的なウワサとしては、このトンネル内部から女性のすすり泣く声が聞こえるとか、何かを引きずる音が聞こえるといった話がある。
過去に大参事が起こっただけあってか怨念が地縛霊となり、この場所にとどまって何かを訴えかけているのだろうか。

【近鉄・旧青山トンネル】
近鉄大阪線旧線の西青山〜東青山駅間にあった旧青山トンネルは1930年に開通したトンネルで、付近は急峻な山岳地帯が連続するため難工事が予想され手が付けられずにいたこともあり、1970年ころには複線化の計画が浮上していた。
その後まもなくして旧青山トンネル走行中に列車は故障し、その先にある旧総谷トンネルでの近鉄大阪線列車衝突事故が起き、運転保安度の改善のために工事が実施され新青山トンネルが開通。旧青山トンネルは廃止された。
「旧総谷トンネル」を抜けると「垣内信号所」があり、その先、立入禁止区間の奥には全長779Mの「二川トンネル」、全長931Mの「溝口トンネル」、全長726Mの「滝谷トンネル」、「旧東青山駅」と続き、その先に全長3,432Mの「旧青山トンネル」はある。
旧青山トンネルの中は真っ暗で、下に敷かれた朽木が崩れている場所などもあり不気味なので雰囲気は味わえる。

【近鉄・新青山トンネル】
近鉄大阪線の西青山駅〜東青山駅間を結ぶ全長5,652Mの新青山トンネル。
上述したとおり近鉄大阪線列車衝突事故に伴い、1972年に着工し1975年に完成した近鉄トンネル。
新しくできたためか、ここでは特に心霊体験などのウワサは聞かない。

【国道165号線・青山トンネル】
青山峠下を通る国道165号線の自動車用の青山トンネル。
夜は辺り一帯とても暗く、トンネル前にポツンと設置されている電話ボックスはとても不気味。そして、この電話ボックスこそ国道165号線の青山トンネルが心霊スポットとして恐れられているいわくの場所なのだという。
上述した青山トンネルと混同していつのまにか心霊スポット化したのか、それとも過去になにかあって心霊スポットとなったかは不明だが、ウワサでは、この電話ボックスの受話器を取ると向こうから男のうめき声が聞こえてくるとか、電話ボックスの前に母子の幽霊が立っている、また、あの世から電話がかかってくるのだという。
トンネル内でも、車で走っていると黒い影が車内に侵入してきたとか、窓から手を出して走っていると腕に髪の毛が絡まってきたといった霊現象があるようだ。

安濃ダム

あのうだむ
三重県津市芸濃町河内字岩坂

1981年に着工し、1986年に完成した重力式コンクリートダム。
別名で錫杖湖(しゃくじょうこ)とも呼ばれていて雨乞いで有名な霊山・錫杖ヶ岳があることからこの名前が付けられたのだという。これと関係しているのかは分からないがダムの水位が下がると石のだるまが出現する。
周辺には宿泊施設や公園やキャンプ場などが整備され川遊びなども楽しむことができ、バス釣り、紅葉なども楽しめる憩いのスポットとなっている。 しかし、安濃ダム近くにあるトンネル内に入ると、車のエンジンが止まったり女の叫び声が聞こえるという怪奇な情報もあり心霊スポットとしても知られる。
安濃ダム近くには宝並トンネル、大谷トンネル、笹子トンネル、川向トンネルがあるが、心霊スポットとウワサされているトンネルは川向トンネル。
川向トンネルは他のトンネルと違い、明かりは無く一車線となっていて狭い。人によってはこのトンネルに入ると空気が重たく感じられるという。
ダム近くには小さな墓地があり、ここでも心霊写真が撮れたり霊が出るといわれている。
この墓地周辺では2005年に当時20歳だった女性の白骨死体も見つかっている。また、2013年には安濃ダムで母子2人の遺体が浮いているのが発見され、2014年にはダム付近で車内で練炭自殺を図り男性1人、女性2人の計3人が亡くなっている。このダムには寄せつける何かがあるのだろうか。
安濃ダム沿いにある公衆トイレも一部のあいだでは心霊スポットとされているようだ。

中河原海岸

なかがわらかいがん
三重県津市高洲町33

津市にある中河原海岸は、津市空襲や橋北中学校水難事件により多くの命が亡くなり、メディアなどにも取り上げられているため心霊スポットとしてとてもよく知られている。
防災頭巾を被ったモンペ姿の女の霊が海中から足を引っ張って海底へ引きずり込み、あの世へと連れていくという怪談は有名。
ここは遊泳禁止ではないが海水浴場の指定がされていないことが原因で人影は少ない。

中河原海岸が心霊スポットになったと思われる出来事は、第二次世界大戦中、1945年7月28日土曜日の蒸し暑い夜、23時47分から翌日29日の0時56分にわたって米軍のB-29群により空襲を受けたことに始まる。
岩田橋付近が爆撃中心点となり、半径1200M一帯が焼夷弾投下により焼け尽くされ、津市民は防空頭巾や布団を被ったりして海岸へと逃げたが、海も焼夷剤に火がつき炎上し、海中に避難にした多くの市民が命を落とした。
熱により高温になった岩田川にも多くの市民が避難しようと飛び込み落命したことだろう。そして流された遺体は中河原海岸にたどり着いたはずである。
『三重県史資料編 近代2政治・行政(付録戦災地図)』によると7月28日の空爆による被害は罹災戸数は約10000戸、死者数344名、負傷者数246、行方不明者数38名となっている。
ウィキペディアによると死者は500人〜600人。「恐怖のアンビリバボー(フジテレビ系)」で中河原海岸の話が放送された際の死者数は250名となっている。放送内では火葬しきれなかった遺体は中河原海岸に穴を掘って埋められたと伝えられている。
7月28日以前の津空襲被害も合わせると半年のあいだに少なくとも2500人以上の死者が出ている。
資料によって死者数はそれぞれ違うものの、いずれにせよかなり大勢の津市民が亡くなったのは事実のようだ。

その大空襲から10年が経った同じ月日、1955年7月28日、中河原海岸では津市立橋北中学校の400名あまりの男女生徒の水泳訓練が実施されていた。
沖への奥行は水際より約41M、深さは1M足らずのところで、時間は午前10時ころ、当日参加した生徒のうち事故が起きた区域にいたのは約200名の女子生徒だった。
海に入ってから僅か数分後、女子生徒100名前後が一斉に身体の自由を失い、次々と溺れ出したため職員や3年生水泳部員などが慌てて救助に向かったが36名の女子生徒が命を落とした。
この話題には、いろいろなWebサイトや番組で「36人が水死し、9人は助かった」というワードが出てくるが、これは「女性自身 昭和38年7月22日号」に掲載された記事が情報の元になっているものと思われる。
助かった女子生徒の証言によると、水面をひたひたとゆすりながら黒いかたまりが向かってきたので黒いかたまりをジッと見ていると、それは何十人もの防空頭巾をかぶったモンペ姿の女性で、その防災頭巾を被った女の顔は白く無表情。夢中で逃げても足を捕まえて下へ下へと引きずりこんでいき、そのまま意識を失ってしまったのだという。防災頭巾を被った女の霊を目撃した女生徒はこの証言者のほかにも複数いた。
この話が雑誌やテレビなどで広まっていったのが心霊スポット化した要因だろう。
この事故の1年後には慰霊碑が建てられ、「海の守りの女神像」がこの海岸を見守っている。この像にも夜な夜な血の涙を流すというウワサがある。

この水難事件の前日の7月27日には、海から大きな火の玉が飛び上がっているのを釣り人が何人も目撃しているという証言もある。
そして、実は橋北中学校水難事件よりさらに前にも水難事故が起きているようで、津市民文化第13号によると1933年に京都市の小学生12名が臨海訓練中に早潮に流され水死。中部日本新聞記事では1932年8月2日に中河原海岸から3〜4キロ離れた御殿場海岸で京都市の小学生6名が水死。昭和30年8月14日号の週刊読売には1951年7月29日に、受け損なったボールを取ろうとした小学3年生の男子児童が波にさらわれ水死したという記述もあるようだ。

中河原海岸の水難事故は一般的には、離岸流という海岸に打ち寄せた波が沖に戻ろうとする時に発生する強い流れが事故原因になったのではないかと言われているが、空襲で多くの津市民が命を落とした同じ日の7月28日に当時の女性の姿の霊が目撃されていることから、なにかしら因果関係があるとみられオカルトマニアのあいだでは橋北中学校水難事件は今もなお心霊的な意味で恐れられている。

鵜の森公園

うのもりこうえん
三重県四日市市鵜の森1

鵜の森公園内はブランコや滑り台といった遊具があり、お茶やお菓子を味わえる茶室「泗翠庵」がある。カップルでくつろげるデートスポットにもなっていて、春には桜が咲き花見スポットにもなる。
鵜の森公園に隣接して鵜森神社もあり、元々この場所は浜田城だった場所で、城跡は1927年に四日市市によって買収され、現在の鵜の森公園になった。
数多くの文学賞を受賞した小説家の丹羽文雄の句碑も建てられ、他にも浜田城址碑や四日市空襲殉難碑、いくつかの古い墓石などもあり、夜は不気味さが感じられる。また、過去のいわくからか落ち武者の霊が現れるというウワサもあることから心霊スポットとしても知られている。
浜田城は1470年に田原美作守忠秀によって築かれた。1575年、浜田城3代目城主の田原遠江守元綱は織田信長の武将“瀧川一益”との戦いに敗れたため浜田城は落城。
その後、城主田原家の旧臣たちがこの城跡に鵜森大明神を創立し、同家の遠祖である田原藤太秀郷及び初代浜田城主以下4代の霊を祀ったといわれている。
1837年(天保8年)には別社として御霊社を創建し初代浜田城主の忠秀以下4代の霊を祀り直し、鵜森大明神に天照大御神と建速須佐之男命を祀った。1909年に神社合祀令により菅原神社、御霊社、鵜森大明神を合祀し従来の鵜森大明神を現在の「鵜森神社」に改称した。
武具や巻物といった当時の遺物は残っておらず一説には、混乱に乗じて周辺住民に略奪されたためといわれ、浜田城の武将達の住民に対する凄まじい怨念は未だに続いているという。

公園内にある四日市空襲殉難碑は1980年に建立された。
太平洋戦争中の1945年6月18日に約1時間にわたり米軍のB-29による空襲を受けたその被害は、戦災死者800余名、重軽傷者1733人、被災人口49198人、被災戸数10478戸。
さらに四日市空襲殉難碑のすぐ横には4基の墓が並んで建てられていて、とある者が市役所へ問い合わせたときの回答は、鵜森公園拡張工事で掘り起こされた墓らしく、歴史的建造物として公園へ建てたのだという。
一基の墓石には「天保15年」という文字が刻まれていること、また4基の墓石が揃えて並べられていることから、浜田城の歴代城主4代の墓ではないかと推測されるが、正確な情報がないため不明。
供養されることなく怨念を抱いているのだろうか。
霊が集まりやすい環境といってもいいだろう。

鱒池亭

ますいけてい
三重県伊賀市勝地

田んぼに囲まれた県道2号線を奥山川沿いにある奥山愛宕神社へ向かう。車一台が通れるくらいしかない細い山道を辿った所に鱒池亭という廃料亭旅館がある。
鱒池亭に行くには、すぐ脇を流れる渓流を渡る必要があるが、板が腐食して底が崩れて穴が開いた橋を渡らなければならない。さらに廃墟内も天井や階段は崩れとても危険。
鱒池亭は三階建てで、営業していた時期や廃業した年月はわかっていない。
詳細は不明だが、一部の説によると観光客に川魚料理などを提供していたが、経営に行き詰まり一家心中が起きたために廃業したというウワサが立ち、三重県内でも有名な心霊スポットとして知られるようになった。
廃墟となってからは一家の怨念が廃旅館に憑りつき、姿を現わすといわれている。
肝試しにやってきた者のなかには、何者かが建物から迫ってくる気配がしたとか、帰りに誰かが後ろからついてくる感じがしたという体験談がある。また、男女の幽霊も度々目撃されているらしい。

旧女鬼トンネル

きゅうめきとんねる
三重県多気郡多気町

旧女鬼トンネルは心霊スポットとしても有名で、女性の幽霊が多く目撃されているという。
女性にだけ憑りつくともいわれているようで、女性だけで偶数で行くと帰りは奇数になるという話があるようだ。
三重県道119号線にある新女鬼トンネルの入り口手前にある旧道への分岐を行った先にある。
正式名称は女鬼隧道と言い、全長103M、幅4M、高さ4.6Mで1934年に竣工されたトンネル。1996年に新女鬼トンネル開通により役目を終えた。
鉄製の扉が入り口の両側に設置されているためトンネルを通過することはできない。

かつてこのトンネルの上に女性の罪人専用の処刑場があったとか人柱にされた女性がいるなどのウワサがある。
女鬼トンネルという名称の由来に関する話はいくつかあり、その昔、女鬼トンネルの工事に難航した人々は人柱として村の女性たちを生き埋めにした。そして工事を再開しようとすると生き埋めにしたはずの女性が1人だけ生き残っていた。その女性は他の人柱を食べて生き抜いていたそうだが、その異様な風体から女鬼と呼ばれトンネルに名付けられたとか。
これとよく似た話で、トンネルで崩落事故があり、多数の人たちが閉じ込められたというバージョンもあるようだ。
他には、女鬼トンネルがある山の上には女鬼峠があり、この峠はお伊勢参りで熊野へ向かう際の最初の難所であったため命を落とした者も多くいたこと。また、峠に人食い鬼が棲んでいたという伝説もあり、鬼に食われた女の幽霊もたびたび目撃されていたことから女鬼と呼ばれるようになったなどがある。

こういった伝説は実際のところは真実か分からないが、歴史的には、江戸期には女鬼峠は「ねぎ峠」と呼ばれていて、1850年ころの絵図の記述に「メッキ峠」と書かれ、それが「女鬼峠」と呼ばれるようになったといわれているようだ。

女鬼トンネルのすぐ近くには五桂池があり、ここもボートが転覆して水死したカップルの怨霊や、池を作る際に犠牲になった女性、また、鎧姿の霊が現れるというウワサがある。

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