私は40歳のサラリーマン。現在、小さな不動産会社に勤めています。
あれは確か、三年ほど前。まだ肌寒さの残る、早春のある日のことです。
「よう、久しぶり・・・・」
入り口のドアから、懐かしい人物がひょっこりと顔を出しました。
「とにかく安い物件を探してほしい。今、物入りで予算はコレだけなんだが・・・・」
転勤が決まった田舎の先輩が、ムチャな条件をつけて物件探しを依頼してきました。
「いまどき、どんなボロ家でも、そんな値段じゃ無理ですよ。ここは都会なんだからまあ、探してはみますけどあまり期待はしないでくださいね・・・」
故郷の先輩の頼みでは断れません。
私はとりあえず引き受けました。
同業他社にも声をかけてみましたが、先輩の条件はあまりにも現実離れしていました。
これといった情報もなく十日ほどが経過し、私は無理な注文を引き受けたなあと、後悔し始めていました。
そんな時、デスクの電話が鳴りました。
親しくしていた同業者からでした。
なんと、見つかったのです!
同業者がつい最近、競売で手に入れた物件で、かなり年代物の一軒やです。
彼は「まあ、一種のボランティアだな」と苦笑いして、先輩の無謀な条件を呑んで貸してくれるというのです。
私はさっそく先輩に連絡しました。
「ありがとう!持つべきものは後輩だな」
先輩は大喜びで契約をし、すぐに引越しを済ませました。
ところが、です。
それから一週間ほど経ったある日のこと、また先輩から連絡がありました。
「おかしいんだよ、あの家・・・・・。おまえ、何か聞いてないか?」
先輩の声はなんだか切羽詰ったような様子でした。
詳しく聞いてみると、なんとも気味の悪い話です。
引越しの荷物を運び終えた時、押入れの奥に口紅がころんと置かれてあるのに気づいたそうです。
人が住まなくなって久しい家のなかはすっかり片付けられ、ホコリ一つ落ちていなかったそうです。
ところが、なぜか口紅が一本だけ残されていたのです。
なんだかとても気になりましたが、その程度のことで不動産屋に問い合わせるわけにもいきません。
結局、口紅はゴミ袋に入れて処分してしまいました。
その日は、家族そろってそのまま雑魚寝したそうです。
ところが次の日、家族が口々におかしなことをいいはじめたのです。
夜中に誰かが壁を叩いてたとか、すすり泣く女の声が聞こえてきたとか・・・・・。
特に小学生の息子は、「夜中にトイレに起きたとき黒い人影を見たんだ」とおびえきっていたといいます。
先輩は「そんな馬鹿なことあるか」と一笑に付し家族全員をたしなめました。
ところが、次の日もその次の日も先輩を除く家族には不思議なことがたびたび起こったのです。
先輩の細君までが気味悪がって「引っ越しましょう」と言い出す始末です。
そして先日のこと。
ついに先輩にも、浴室の鏡に映った髪の長い女の姿を見てしまいました。
そのうえ、捨てたはずの口紅を押入れで発見し、
「これは気のせいではない。何かがいる」
と確信するにいたったのだそうです。
「おまえに頼むのは筋じゃないが他に知り合いがいないんだ。申し訳ないが、ちょっと来てくれないか」
こうして私は先輩と一緒に部屋を点検することになりました。
まず、一番気になっていた押入れを調べてみました。
「あれ、おかしいな?」
古い家なのに、押入れの壁だけがやけに新しい感じがするのです。
くまなく調べて見ると、壁の一部が崩れていて、その下に古い壁があることに気づきました。
「どうする、壊してみるか・・・・」
ふたりともただならぬ気配を感じ、恐怖に襲われましたが、ここまできたら最後まで調べずにはいられません。
かなづちを手にした先輩は、壁に一撃を加えました。
「うわ、うわああっ!」
大の男が二人同時に叫び声をあげました。
かなづちの一撃で壁全体がバラリと剥がれ落ち古い壁がさらけ出されました。
”出して出して出して 出して出して 出して出して出して出して出して出して 出して出して 出して出 して 出して 出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して 出して出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して出して出して出して出して 出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して 出して出 して 出して 出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して 出して出して出して出して 出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して 出して出 して 出して 出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して出して出して出して出して出して出して 出して出して 出して出して出して・・・・・・・・・”
古びて褐色に変色していましたが、壁一面に口紅で文字が書きなぐられていたのです。
先輩はその日のうちに引越しを決め、その家を去っていきました。
その後、その家は修理されて、また、競売に出されたそうです・・・・・・・・。